Appleは5月7日に発表した新しいiPad Proのプロモーション動画「Crush!」に対してユーザからの強い反発を受け、謝罪し、テレビ放送を含めた一切の広告展開を取りやめることを発表しました。この動画にはピアノやメトロノームやカメラやペイント缶、人形など多くの人やあらゆる方面のアーティストにはなじみ深いものを並べ、それを巨大なプレス機で破壊する内容が映し出されていました。
ただ、Appleは過去にも破壊的なCMを打ち出しており、「Crush!」のネガティブな反応とは対照的な評価を受けています。この記事ではAppleが過去に公開した鮮烈なCMと「Crush!」との違いを明らかにし、炎上した理由について検証したいと思います。
目次
Appleの「破壊的」CM
今回物議を醸した「Crush!」以外にもAppleは破壊的なCMを作成していました。
スーパーボウルで放送された「1984」や1998年ごろに公開された「PowerBook G3」のCMは破壊的で、PowerBook G3のCMではロードローラー(ローラー車)で競合他社のノートパソコンを踏みつぶしていくという今回の「Crush!」に近い内容になっています。
特にジョージ・オーウェルの小説「1984」をオマージュしているAppleの1984は広告の歴史に残る名作として知られています。
「Crush!」はなぜ失敗したのか?
AppleのCMの中には高く評価されるものがある一方で、今回の「Crush!」は多くの批判を浴びました。
同社は過去にも前述の「1984」やPowerBook G3のプロモーションなどで破壊的なプロモーション動画を打ち出しており、これらは高く評価されていました。
では今回の「Crush!」は一体なぜここまで炎上したのでしょうか?
破壊の対象が「他社」か「生活」か
「Crush!」が物議を醸した理由を見る上で、Appleと今のAppleのあり方や、CMの中で「破壊」する対象の違いで比較すると分かりやすいのではないでしょうか?ここでは「破壊」する対象を中心に見ていきます。
以下はAppleによって公開された「破壊」を伴うCMで描かれているテーマや破壊する対象を比較したものです。
「1984」 | PowerBook G3のCM | Crush! | |
---|---|---|---|
主な内容 | Apple/Macintosh | PowerBook G3 | iPad Pro |
破壊するもの | 圧政/無味乾燥な社会 (暗にIBMを指してる) | Pentiumが搭載されたラップトップ/ コモディティ化されたPC | ピアノやカメラ 書籍や彫刻、デッサン人形、レコードプレーヤーなど |
公開年 | 1984年 | 1998年 | 2024年 |
以上の表からもわかるように、Appleは過去にも破壊的なCMを公開しているものの、1984年と1998年に公開されたCMはいずれも破壊する対象を「ライバル企業や製品」としていました。対照的に今回の「Crash!」では「Appleとは直接利害関係のない創作をサポートするもの」に破壊する対象になっており、過去のCMが「ライバル企業や製品」のあり方に焦点が当たっているとしたら、「Crash!」では「人々の生活」に焦点が当てっているといっても過言ではないでしょう。
つまり、「昔のAppleも破壊的なCMを出していた。Crush!を批判するのはおかしい」という指摘は当たらないわけです。
むしろ過去のAppleは「競合他社」やデファクトスタンダードとなっている「他社の製品」から人々の生活を守る、といったメッセージになり、今回の「Crush!」のように人々の生活や創作を支えてきたものを無差別に破壊することで自社の製品を立てるといったものではないのです。
そして、破壊的なCMを打ち出していた「昔のApple」と、今のAppleではパワーバランスが異なる点についても触れないわけにはいきません。
時代の流れ、巨大になったApple
Appleの破壊的なCMはいずれも1984年や1998年で、今では考えられないかもしれませんが、1997年にはAppleは倒産の危機に瀕し、競合他社のMicrosoftから1億5000万ドルの資金提供を受けるほどでした。
そんなAppleが資金提供を受けたソフトが搭載された製品をロードローラーで踏みつぶしていくCMを打ち出すのも、別の意味で強烈ですが、Appleの社内やAppleユーザを奮い立たせるという意味ではプラスに作用してもおかしくはありません。
対して現在のAppleはGAFA (国外ではBig TechやBig Fourと呼称される)と呼ばれるほど巨大な企業になりました。
存続すら危うく弱小だったAppleが、それでも対抗し攻撃的なCMを打ち出す、下剋上的な意味合いが強かったPowerBook G3のCMと、巨大になったAppleが昔から人々の生活の近くにあったものに対し攻撃性を見せつけ優勢をアピールするCMでは、視聴者の捉え方が異なるのは自然な事でしょう。
AIの台頭と脅威
今回の新型のiPad Proが発表されたAppleが開催されたイベントでは要所要所に「AI」(人工知能)というフレーズが出てきました。このiPad Proに搭載されるM4チップも人工知能関連の機能に対しての性能向上がアピールされました。
特に生成AI関連の進化は目覚ましく、民生用ではChatGPTを皮切りに文章の作成や音楽の生成、イラストの作成、難しいと言われていた動画の生成についても実用レベルに近づきつつある中で、クリエータにとっては脅威と感じている方も多くいます。
その中での創作にとってはおなじみのアイテムばかりを巨大企業のAppleが押しつぶし、同社の新製品を提示するという方法は最悪手であることは明らかです。
炎上の裏に海外との温度差
以上が今回の「Crush!」が物議を醸した理由として挙げられる大きなポイントですが、これ以外にも巨大なプレス機で押しつぶされていく過程でスプレー缶やペイント缶が破裂し、その飛沫が生々しく映ったり、人形の破壊に無悲願な印象をさらに強めたという部分もあるでしょう。
ただ、もうひとつ今回の炎上にはもうひとつ特筆すべきポイントがあります。
多くのメディアでは「Crush!」の炎上は日本国内のユーザが端を発したとしています。実際にAppleのCEOであるティム クック氏が自身のX (旧Twitter)で「Crush!」をアップした投稿のリプや、反響を見ると確かに早い段階では国内のユーザと思われるアカウントが多く観測されます。
日が経つにつれ、国外のユーザからもネガティブな投稿が増えていることからこの指摘は正しいと思われます。ただし、内容については国内外のユーザで若干温度差があるように思います。
物を大事にする文化と「モッタイナイ」という気持ち
国内のユーザは「モノを破壊する」という表現方法に否定的な立場やスタンスが多くみられる一方で、国外ユーザは「AIの台頭と脅威」を念頭に置いた批判や、「巨大化したAppleからの圧政」に否定的な意見が多くみられるように思います。
批判のポイントこそ違えど、国内ユーザからの批判は国外のユーザにも共感を呼んでいるのは確かでしょう。ただ、細かいニュアンスが若干異なるのは「八百万の神」のようなモノを大事にする文化やノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ氏が感銘を受けた言葉として紹介し話題になった「もったいない」という言葉の影響が強いのではないでしょうか?
これまでもこれからもAppleは唯一無二の企業
ここまでAppleの「Crush!」が炎上した理由について考察してきました。
ただ、Appleは創設以来一貫として唯一無二の企業であることは疑う余地はないでしょう。今ある多くの企業もまたAppleに影響を受けてそのスタンスを受け継いでいる企業もあります。
その点においてはSonyも唯一無二のメーカでAppleとともに時代とともに変化しながらも別のアプローチでそれぞれが影響しあいながら良きライバルとして存在しています。
そんなAppleであるからこそ、今後の製品にも期待をせざるを得ませんし、また魅力的なCMを期待したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ぜひあなたの想いを書き込んでください。